「ペットの遺骨を手放せない私は変なのでしょうか?」|誰にも言えない気持ちに寄り添うお話

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「まだペットの遺骨が家にあります」 「ずっと骨壺を抱えて寝ています」 「周りには言えないけど、手放すなんて考えられなくて…」

これまで、たくさんのペットちゃんのご葬儀や粉骨に携わってきた中で、このようなお声がたくさん届きした。 そして、どのお気持ちにも、“変”なんてひとつもありません。

■ ペットの遺骨を手放せない。それは愛していた証拠です

大切な家族だったペットとのお別れは、 言葉では言い表せないほどの寂しさや喪失感を伴います。

「もういない」と頭ではわかっていても、 心が追いつかない。 それはとても自然なことです。

大切な子とのお別れは、不慮の事故や突然死などで急なお別れになる場合もあります。そのほかにも、最期まで動物病院に通院し、看病をして、寝る時間や自分の時間を削りながらお世話をしていたというかたも多くいらっしゃるのではないでしょうか。

生活の中で、「私の役割」としてお世話をする幸せをくれていたペットたち。亡くなったからと言って、そう簡単に心が吹っ切れることはありません。

手放せないのは、 まだ一緒にいたいという気持ちのあらわれ。 それは、愛情の深さそのものです。

■ ペットロスに対する家族間での温度差がつらい

「いつまで悲しんでいるんだ」「昔から、遺骨は家に置いておくものじゃない」と、家族間でも亡くなったペットの遺骨の扱い方や、ペットロスの状態そのものに温度差があるということは、実はよくあります。

「はじめはあんなにペットを飼うのを反対していたお父さん。でも、いざ子供たちが巣立った後に、家に残ったのはお母さんと老犬(老猫)。お父さんの晩酌の相手はいつもこの子だった。この子が亡くなって、お父さんがあんなに泣いている姿、初めて見ました。」というご家族のかたもいらっしゃるのではないでしょうか。

家族間でも、そのペットとの心の距離感というのは人それぞれで、毎日の暮らしの中で心の支えとなっていた存在を失うという悲しみは計り知れません。ですが、同じ家族でも、その悲しみの深さのすべてを理解し合うのは難しいんですよね。

家族だからこそ「いつまでも泣いていたらダメだよ」「悲しみすぎだよ」という言葉が出てきてしまうこともあるかもしれません。

「同じ家族なのになんでそんなに平気でいられるの・・・」と、悲しみがより深くなってしまうこともあるでしょう。

家族でも悲しみのすべてを理解してもらおうとすることは難しいかもしれませんが、そんな時に少しだけ「自分の心を守る言葉」をここでお伝えできればと思います。

■ ペットの遺骨をどうするか。すぐに決めなくていいんです

「いつまで手元に置いていていいのか」 「そろそろ納骨しないといけないのか」 そんなふうに悩む方も多いですが、 答えは“人それぞれ”です。

誰かのタイミングではなく、 あなたの心が「そろそろ」と感じたときが、 その時です。もし誰かから「いつまでもお骨がそばにあったら悲しいよ」とアドバイスを受けたとしたら…「そうかもしれないね、ただ、私が一番可愛がっていたから、私が悔いなく供養できるタイミングを考えているんだ」と伝えるのはいかがでしょうか?

一番可愛がっていた人を差し置いて、遺骨の供養の方法を言及するのは気が引けるものです。

■ ペットの遺骨を供養するための選択肢、現代はいっぱいあります

「人から見たら変だ」とか、「世間一般では」とか、「人」って誰のことですか? 「世間」って誰ですか? と思いませんか?

たいていは、自分の中の常識がさも一般常識のように言う盾の為の言葉だと思います。

古くからの風習や日本の慣習などはあるかもしれませんが、実際のところ、ペットの遺骨の供養の仕方に「こうしなければいけない」という決まりはありません。

だからこそ、「みんなそうしてる、それが常識」という言葉には「今はいろんな供養の方法があって、家族が後悔しないための選択肢がいっぱいあるから、その中からゆっくり選ぼうと思う。」というマインドで居られれば、少し心が楽になるのかなと思います。

■ ペットの遺骨を手放す=その子を忘れる、ではありません!

ご遺骨を納めたり、形を変えたりすることは、 決して“忘れる”ことではありません。

たとえば、 粉骨して小さな袋に納めれば、 そっと引き出しにしまっておくこともできます。

ペンダントやカプセルにして、 いつも一緒にお出かけする方もいらっしゃいます。

形を変えて、 これからも一緒に生きていく。 そんな選択肢もあるんです。

■ ペットロスの気持ち…みんなに理解してもらおうとしなくてOK 私達はわかっています

「ペットの遺骨を手放せない」「今も家に置いている」というと、ペットと暮らした経験の有無にかかわらず、同じような価値観のかたでないとどうしても理解されないということはあります。

「あの人もペットを亡くしたことがあったよな…」と、理解してもらえると思って心の内を話しても、「私はすぐ霊園に預けたよ!」「私は庭に埋葬したよ」と、物理的に遺骨をそばに置かない選択をした方には、ペットの遺骨とずっと一緒にいることに十分な理解が得られないことも多々あります。

どうか、そこで傷つかないようにしてください。私達は、「ペットの遺骨とずっとそばに」と思うご家族のかたの気持ちを十分に理解しています。

■ 体験談:おばあちゃんVS私 愛犬の遺骨をどうするか問題

ここで、私自身が経験した“価値観の違い”のお話を少しだけ。初代の愛犬が亡くなったときの話です。

ゴールデンレトリーバーの愛犬が亡くなり、火葬後には6寸の大型犬用の骨壷に入って我が家に戻ってきました。六角形の水色の骨壷覆い袋に入って、骨壷の覆い袋の高さは40㎝ほどあったかと思います。

私が8歳のころから16年間一緒に暮らしていた愛犬ですから、遺骨をどこかに預けるとか、埋葬するとかは全く考えておりませんでした。しかし、当時一緒に暮らしていた祖母は昔人ですから、「あんだ、遺骨は家さずっと置いどくもんでねぇべ!」(かなり福島訛りが入っています)と、大きな骨壷を見るたびに私に言ってきました。

祖母の風習では「骨はお墓に入れる」という考え方で、「手元供養」という考えは毛頭なかったようです。それはそれで、物理的に遺骨と離れることで悲しみも少しずつ癒えていくという経験のもとに出た言葉であることも同時に理解はしていました。

理解はしつつも、大事な愛犬の遺骨のことをとやかく言われることが私はとても心苦しく、どうしようかと考えた結果「粉骨」という方法を選びました

形のまま残しておきたいところだけは分骨入れに納めて、残りの大半のお骨はサラサラのパウダー状にすることで、6寸サイズの大きなお骨壷は4寸までサイズダウンし、その後、一見お骨壷に見えないような可愛い骨壷カバーに納めました。

大きなお骨壷が目に入らなくなったことで、祖母から何か言われることもなくなり、愛犬が亡くなってから14年経った今も、そばに寄り添っていられています。

粉骨にしたことで、「あぁ、これからもずーっと一緒にいられるな。私にもしものことがあったら、私の骨と一緒にあったかい海にまいてもらおう。」と、愛犬と再び”さよなら”をする必要がなくなったような気がして、心が穏やかになったような気がしています。

■ 果澄想は、あなたの気持ちに寄り添います

「まだ決められない」 「どうしたらいいかわからない」 そんなときは、無理に決めなくて大丈夫。

果澄想では、 ご遺骨の保管方法や粉骨のタイミングについても、 一緒に考えるお手伝いをしています。

■ 最後に

「ペットの遺骨を手放せない私は変なのでしょうか?」

その答えは、 “いいえ、あなたは変じゃありません。”

それは、 あなたがその子を大切に思ってきた証。 その気持ちを、どうか大切にしてくださいね。

あなたのペースで、あなたの気持ちのままに。
その子は、きっとそれを望んでいます。

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